日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。

(6月からお休みしていましたが、再開しました。)
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風の具合


 昨日のみつけたのはナナカマドの枝だと判った。北海道の文通相手が度々手紙に書いている。けれど此の辺りで見たことはなく、手紙に、ナナカマドが咲いて、の文字を見る都度調べている。家の庭にでもないとあたしは覚えられない。
 ブーゲンビリアだの梔子だのの鉢植えも花屋に入ってきたけれど、何せ立派過ぎる。珍しく薄紅色のブーゲンビリアが入っていたこともあり、もっと小振りなものでいいのに、と思い出すとまたふくれてしまっていた。

 外は急に風が出てきたけれど天気が崩れそうな気配は無く、カーテンを大きく揺らす風はひんやりして気持ちよかった。
 畳にカーペットを弐枚縫い合わせ敷いているものの、昔ながらの大きさの畳に足りず、夏は窓際に竹のラグを置き畳が傷むのを防いでいる。畳職人だった伯父が生きていればいろいろ教えて貰えただろうにと想うとちょっと淋しくなる。跡を継いだいとこには何故か教えて貰おうと云う気持ちにならない。ちらっと聞いただけなので詳しいことはわからないけれど、今は職人と云う言い方を嫌う人が多いと聞いた。あたしは職人と呼ばれる人が好きで其の人たちを職人さんと呼ぶのが好きだ。いとこはどうなのだろうと想うけれど、齢も結構違いそう云うことが気軽に話せない。きっとそう云うこともあるだろう。
 竹のラグは足元を涼しくさせる。外へ続く硝子戸からいい風が入ると其れは尚更で、竹のラグに正座し珈琲カップを置く為に買い求めた小さな卓で手紙を書きたくなってしまった。
 風の具合で喜んだり困ったり、風でふと何かを思い出したり改めて何か想ったり、あたしの具合が違ってしまう。カーテンが捲れ上がったとき一瞬、おおい、と世界に呼び掛けたくなったけれど、目の前にあるのは近所など全く気にすることなかった廣い庭でなく建ち並ぶ家屋だったので、慌てて開き掛けの口を閉じるに至った。

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