日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。

(6月からお休みしていましたが、再開しました。)
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言葉で口で眼で仕草で


 声高でなくとも難しい言葉を用いなくとも雄弁でなくとも、本気で伝えたいことは眼や仕草からも伝わるものだろう。内容云々と云うより、本気で伝えようとしていることは、人は感じとることができるのものだと想う。
 あたしは吃音こそないけれど、言葉が出てこなくなってしまうときがよくあった。一旦遠慮してしまうと出てこない。どんなときに遠慮してしまっていたかと云うと、自分はこんなにも辛いとかこんなにも不幸だとかあなたなんてまだこんなだけましだとか言ってくる人が先ず駄目で、其の次に自分は正しいと強く激しく言ってくる人が駄目だった。けれどいつまでもこちらから何も言わずにいるわけにもいかなく言葉を発してしまうと、まるで攻撃でもしているのだろうかと想うほどの言葉を浴びせられた。あたしは他人よりゆっくり話す。会話が相手の速度についていけなくなるあたしは其の都度其れは其れは困ったことになった。そんなときは相手の言葉が止んだところで話し始めるしかない。相手にしてみれば其れは止(とど)めらしく、それきり何も言われなければそれきり逢うこともなかった。そんなふうに終わる関係はきつい。ただ後悔は無い。
 父とも大喧嘩を何度かした。彼に包丁を持ち出されたこともあったし彼に其処までと云う言葉を浴びせたこともあった。でも彼だからできたのだ。其のときはたいそう腹を立てても時には何年も掛けきちんと考えてくれる人だったから。そう云う相手がひとりいたと云うことがどんなことなのか今ならわかる。あたしが本気で伝えたたったひとりだ(ったかもしれない)とこれからも思い出すのだろうか。同時に本気で受け取ってくれたたったひとりだ(ったかもしれない)と。たったひとりでも伝わったなら其のことで生きてもいける・・・。

  「青い鳥」を読んでからどれくらい月日が流れたろう。嬉しいことに重松清の「きよしこ」をやっと今日購入できた。

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