日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。 忍者ブログ

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朱夏によせ


 好きな季節を問われれば、真冬と真夏と応えている。いつのまにか好きになっていたけれど、理由ははっきりしない。何故と訊かれても答えられない。
 真冬なら、低い太陽、長い影、朝のやわらかな光、水の冷たさ、雪の降る日の音の消えた世界、霜柱を踏んだときの音、ピラカンサスの赤い実、寒椿やさざんかのきよらかさな姿、ひときわ寒い朝の匂い、静かな海、藤沢周平の小説、味戸ケイコの絵、まるくなった猫の背、白い息、かじかんだ指、石油ストーブのぬくさとあたたまった部屋であまい菓子を食べる時間、・・・。真夏なら、のうぜんかずらや百日紅やカンナや鶏頭や夾竹桃のあかい花、何処からともなく湧いてくる生死の匂い、陰影と其処に聴こえてくるような気がするブルーズ、凛としてやわらかそうな芙蓉の花、晴海ふ頭の景色、野外ライブ、Tシャツや麻の服、炭酸水、シャーベットの舌ざわり、村上龍や中上健次や開高健の小説、砂の上を歩く犬の表情、熟れた果実、雲の拡がった濃紺の空、雷を伴う激しい雨・・・。そう云うひとつひとつが足され、真冬や真夏の印象とし脳裏に焼き付き好きになっていったのかもしれない。
 中でも壱番好きなのが八月なのだけれど、此れも理由ははっきりしない。八月の記憶と言えば、あたしの気配を察すると何処にいても夏草を抜け飛んできた犬のような猫に、夏草のずっと奥にいる真っ黒に灼けた父の姿に、観に行った野外ライブのことしかすぐに思い出せるものがない。あとは色や匂いや音と言ったものに過ぎず、他の月と変わりないのに何故か八月と聞くと高揚する。

 また八月が巡ってきた。其れだけで泣きそうになるけれど、笑われてももう恥ずかしがったり隠したりしない。何かがいとしいとはそう云うことなのだろうから。

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