日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。 忍者ブログ

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戻っていく


 小雨の中出掛けると、着いたときは拾弐時を過ぎていた。本人の姿は無く、ガチャガチャも無くなっていた。弐佰廿弐枚の展示になったそうだが、ギャラリーの空間そのものが壱枚の絵のように感じられ、特に沢山展示されているとも想わず、自分の部屋に入るように其処に入っていけた。
 弐年半前にもなる拾弐月、初めてギャラリーを訪れたことが、切っ掛けとなった。そして、今回の『LAST LIVE』展で、忌まわしいと感じていた過去をきれいに終わらせることができたのはただの偶然とは言え、胸を抑えることができなかった。「別れの海」の場面の絵の前で感極まって少し泣いてしまった。絵の前に立つと頭の中で佐野元春の「グッバイからはじめよう」が流れ、亡き父のことを思い出し、或のときから少しづつ何か別なものが自分に入るようになり、好きな絵を観、初期衝動とも言える自分がずっとだいじにしていたものをまた手に握れるようになったのだと想う。そう云うものをちゃんと握れていないと、嫌なことばかりに頭を占領され、何に対してもぐらつき、元に戻すことで日々を追われてしまう。何より他人と接することが怖かったので、此の拾年に知り合った人の殆どが友人の信頼している人と云うような具合だった。そう云うことにも笑えるから、いい。
 帰りには書店に立ち寄り、中上健次の「奇蹟」を求めた。手に取ると、嗅いだことのない夏芙蓉の花(実際にこう云う名の花は無い)の匂いを嗅いだような気がした。捲き戻る筈ない時の流れが、捲き戻っていられるよう感じられ、エスカレーターでちょっと振り向いてしまっていた。

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