日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。 忍者ブログ

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天狗の団扇


 楓なのだろうか。余りにも紅く大きな天狗の団扇のような落ち葉をみっつ拾った。椛の紅葉はまだのようで、なんとかの小路と名の付いた径を行くと芙蓉の莟が眼に入った。夏の残りがこんなところにと笑い辺りをゆっくり見廻すと、樹木の間から今にも落ちそうな低い太陽が腕を伸ばし転がるように走ってきた。
 夏と秋と冬と、今はどの季節かと問われても答えられない。はっきりとしているものなんてそうないのかもしれない。けれど曖昧なものは時折其の輪郭を許されず、片隅ではない存在しないような場所に追いやられたりもする。
 拾った落ち葉を肩掛けのカメラバッグに差し込むと足を踏み出す都度揺れるのがわかり余程置いてこようかとも想ったけれど、其の侭食料量販店に行き買い物を済ませ家に帰った。
 天狗の団扇を拾ったと肆歳児のカエルの人形に見せると、少し怖がりきゅっと口を結ぶのが可愛らしかった。
 なんでここまでそうなったのかは判らない。確かにリンスを使用したのがいけなかったのだろうが、其の後伍日経ってもふけが出続けたままだ。おかしくなるときは急におかしくなる。そうして治るときも急に治る。そう云うふうにひたすら時間が過ぎるのを待てばいいものなら、流れに任せればいい。
 卓につきぼんやりと曖昧な輪郭のことを想っていると無性に泣きたくなってきたので、天狗の団扇を仰ぎ自分を慰めた。カエルの人形が生きていることは例え話に受け止められていい。けれど曖昧な輪郭が生きていることは例え話では済まされず、其の向こうで世界の軋む音がしていた。

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