日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。

(6月からお休みしていましたが、再開しました。)
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冬の星


 硝子戸が一面薄墨色に染まり、外が暗くなってきたことを知る午後伍時を過ぎた頃の時間、雨戸を閉める為硝子戸を開けた途端冷たい空気に襲われた。想わず肩をすくめてしまうものの、それでも其の侭されるがままにしているひとときが好きだ。冷たい空気は人を凛と立たせてくれたりもする。
 見上げれば空は薄藍色に変わり、星をひとつぶ抱いていた。星を吸い込み透明感を増した空とぽつりぽつりと灯りのともり始めた窓に日暮れは彩られ、冬ならば人通りが少ない分辺りはしんとし余計日暮れは不思議なものに包まれて見える。其れは何か神聖なものにさえ感じられ、今日も悲しみを塵にしあちこち落としてきてしまったことを反省する。
 どうして悲しみと云う奴は消えてなくならないのだろう。かと言ってあとからあとから溢れ出てくると云うようなものでもない。悲しみと云う言葉さえ知らない頃から胸に張り付き、古びるでもなく新しくなるわけでもなく、また大きさを変えるでもなく居座り続けている。
 おとついの晩、嫌な眠り方をした。夜中目を覚ますと膝を抱き背をまるめた恰好で寝ていた。隣で眠っていた筈の亀はいなくなっていた。夢を見ていたことは確かなのだけれど憶えてない。なのにてのひらには爪の跡がついていた。きっとまた蔦の夢でも見たのかもしれない。樹木に絡まって育ち、やがては樹木を縛りあげ枯らし、そうして生きる蔦には、どれも女性の名がついている(とあたしは信じている)。其れが蔦で、自己主張して生きるのが蔦であり蔦には他が無い。ただそれだけに過ぎない。あなたはあたし・・・(を)、と口にしたところで蔦の存在はあたしから消えてしまう。蔦と関わったあたしには躯に残った縛られたような痕があり其れが余り痛むので其れは同時に胸の痛みでもあると勘違いしてしまうけれど、傷はただの傷に過ぎない。傷に悲しみが生じても其れは蔦に対してでなく蔦と関わったことにでもなく、あたし自身が生きていくうえで生じた避けられない他の悲しみたちと一緒なものだ。
 冬の星が流れたなら、冬の星に自分の好きな女性の名で呼んでみたい。自己主張しなさいと幾度も教わってきたけれど、自分らしさえ持とうとしなくてもいいのだと此の頃想っている。学ぶことと頭を空にすることを繰り返すうち、身についていることがあればそれでいいように想う。朝に洗われ日暮れに洗われ、それでもあたしは随分汚れた生き物でしかないのだろうけれど、それだから無欲さや誠実さを願ったりもするのかもしれない。
 頭を振るとまた塵になった悲しみがあたしからぽろぽろと剥がれ落ち、夕刻の冷えた空気の中に散っていった。

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