日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。

(6月からお休みしていましたが、再開しました。)
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何もしたくない日


 何もしたくない日はゆっくり珈琲を飲む。それから静物のひとつになることを決める。

 例えば古びた文庫本の壱頁になってみる。それから其れを捲る誰かの指先を想ってみる。すると指の長さから手の大きさがわかり衣服の袖が想像でき衣類の色が見えてくる。其の人は何を想い頁を捲っているだろう。なにしろ此のあたしの想像する人なので、何かしらの悲しみを胸に内包し他人は話すことなく過ごしている人には間違いないだろう。
 例えば窓辺に置かれた鉢植えの花にもなってみる。花の名はアネモネかダリア。花の色が赤いのは泣き腫らした眼を映しているからだ。花は風に吹かれたいと想っている。けれど今は無理と知っている。細く弱い茎では風に吹かれれば壱遍で折れてしまうだろう。赤い花も悲しみは誰にも話さない。経験を述べなさいと促さらたら話もするだろうけれど、其れは悲しみを話すこととは違うと花は想っている。
 例えば小川の水面に突き出た石にもなってみる。太陽が高い位置を示す頃、小川に今日も壱羽の鳥がやってきた。鳥は茶と灰と白とがみごとに混じった繊細な色の羽を持っている。其の羽が濡れてしまわないよう石の上に降り上手に躯を折り嘴を小川の水面に突き刺し水を飲む。小川にはいつも休みに来る。水は丁度いい冷たさで咽を存分に潤すことのできた鳥はすぐに飛び立つことをせず、おもむろに歌い始めた。曲はROSSOのシャロン。悲しみが溢れそうになると鳥は決まって同じ歌を口遊む。悲しみを溢れさせない歌が此の世界にあることを、鳥はとても嬉しく想っている。其れは石とて同じことで、鳥が石に糞を落としていくことさえ石は迷惑に想っていない。
 何もしたくない日はゆっくり珈琲を飲みながらそんなことを想っている。他人に話したところ、夢見がちな奴だとか暇でいいねとかろくなことを言われなかったけれど、何もしたくない日はこうしているのが壱番いい。

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