日々の雑感、他愛ないこと。印のように記してみたり。日々の呼吸を此処に。

(6月からお休みしていましたが、再開しました。)
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クリスマスが近づく頃になると


 台所の壁には年中掛かったサンキライのリース。余っている椅子の上に新たに置かれたクリスマスツリー。冷蔵庫にはうさぎのマグネットで止めた苺のケーキの予約表。

 拾弐月になると思い出す。或の頃とうさんは養豚業をしていたから、親戚への歳暮代わりに豚をまるごと壱匹用意していたものだった。物置に吊るされた豚は子供の自分には呪いか何か少し怖いものに想え、また其の頃肉が喰えなかったり、猫が騒ぐので壱番猫になつかれていた自分が猫の見張り役をしていたりして、豚をいつも少し離れたところから見ていた。
 とうさんの育てた豚をあたしは壱度か弐度か口にした覚えがなく、味は全く憶えてないけれど、おいしかったのではないだろうか。何せ神経質な父が育てる豚は余所で見る泥や汚物で真っ黒になった豚と違い、綺麗な薄紅色をしていた。少なくとも臭みはなかったろう。親戚の者がやってくると、井戸のところに吊るしてあった豚を寝かせ、其々好きなだけ肉を切り落とし持って帰っていったのを鮮明に憶えている。壱番後でやってきた者が此の部分しかないと口を尖らせていたことも、早く来ないからだと誰かが笑っていたことも、ちゃんと憶えている。そして何より、後日彼らから歳暮代わりに届いた品物の中に大抵クリスマスケーキやサンタクロースの長靴があり、其れを何故か自分が独り占めしていたことを憶えている。きっと御飯も食べずに甘いものを食べていたのも、また其れが許されたのも、自分だけだったのだろう。

 内向的で思考して遊ぶことが好きだった子供だったからだろうか。どうも記憶していることが他人より少ないようだ。だから余計なのだろうか。クリスマスが近づく頃になると、あたしを突くやわらかな記憶が可愛い。

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